ままがえる出産記 ちびかえる編:妊婦生活其の一

ママがえるが妊婦だったとき、日本人の小児科の先生から、妊娠は病気じゃないですから、と言われた。アメリカの妊婦さんはパワフルである。元ボスの秘書さんは、臨月前までジョギングをしていた、とか、子かえる達が参加していた水泳教室に出産直前まで妊婦のママが上の子をつれてプールに入っていた。日本人は、妊婦さん達に対して、まるではれ物を触るような感じだ。妊婦ママがえる、電車に乗ろうとして走ったことがあった。隣のラボの日本人のお医者様の先生に、そんなことしちゃだめだよ、と諭されました。アメリカのポスドクの間では、陣痛が始まるまで実験室にいるなんて、よく聞く話。アメリカは、自己管理の国だから、自分が出来ると自信があれば、究極的に、何でもできる。日本でも、妊婦さん、陣痛直前まで働いてもいいんじゃない?と思ったりする。
ママがえるの妊娠初期は、つわりがひどかったです。つわりは、妊娠五週目ぐらいから始まって、つわりの最中は、もう二度と子供は要らない、と思ったものでした。そのころ、ママがえるは地下鉄T を使って通勤していた。使っていたグリーンラインは、古い路線で、揺れが激しい。やっとの思いで起きあがって、ラボに行く。ラボに着いたら、真っ先にトイレに直行。家に帰ってきても、まずトイレに直行。これが、苦しいの、何の。Tに乗ることによって、吐き気が増強されていたので、出勤するのがおっくうになる。随分、休んでしまいました、つわりの最中。日本のラボだったら、どうなっていたんだろう???ここまで寛大に、休みを許してくれただろうか???その当時の元ボスは、あまり勤務態度に、どうこう言う方じゃなかったけど、あまりにも、来なさ過ぎるので、おしかりを受けてしまいました。まあ、それでも、首にはならなかったけど。
苦しかったつわりも終わって、妊娠中期になると、ママがえる、元気になりました。実験するぞ!と随分がんばりました。それと同時に、赤ちゃんが生まれた後の準備も始めなければ。まずは、保育園探し。アメリカの保育園は、生後6週から預けられる。それに、ポスドクなんかは、6週間の産休ですぐに仕事に復帰する。ただ、この乳児を預かってくれる所はそんなに多くないし、入るための競争は激しい。ママがえるが働いているMGHは保育園を持っている。妊娠5ヶ月過ぎぐらいに、入園の申し込みに行ったら、ウエイティングリストで、きっと入れないから、他も探しておくように、と指導されました。なんせ、ボストンに来て、また数ヶ月。知っている日本人も少ないし、ましては、働いているママなんて・・・それに、アメリカの保育料は高い。その当時で乳児だと月1500ドル近い。アパートと同じ値段。便利で安くて、いい保育園。なかなかありません。保育園が見つからなければ、仕事は出来ないし、ママがえるちょっとパニックでした。何とか、パパがえるの職場に近く、地下鉄の駅から近く、家からも近く、保育料も安い所には入れそうだ、と確約をもらって、やっと一安心。ただ、安い所は、保育の質は、それなりです。ちびかえるを預けてみて、早く移ろう・・・とママがえるは決心しましたもの。
まだまだ続く、妊婦生活。
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by kaerunokosodate | 2006-03-27 06:13 | アメリカでの出産記
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