ポスドク問題

パパがえるの就職活動は苦戦を強いられています。まだ、まだ行く先が決まりません。日本に帰るには、ポスドクと言う職しか残っていないのかもしれません。日本でポスドクにもなれなかったら、どうするんでしょう。パパがえるは、「ハンバーガーでも売るか」とぼやいています。でも、笑い事じゃないんですよね。
「ポスドク問題」をいろいろ見聞きしてきたけど、その時は、自分たちも渦中にはいるけど、厳しさが実感できなかった。まさか、自分たちも、対象になるとは、思っていなかった、とい言うのが正直な気持ちだろうか。学生なら、実験をして論文を書いたら、なんの不安もなく卒業できた。でも、ポスドクの卒業は、したくても、させてもらえない。それに、給料も安いし。こんな給料で、一生やっていくの?と思ってしまう。いくら最高学位でも、こんな給料じゃぁ、生活していられないよ、と思ってしまう。
誰かのブログのコメントに、「頭を使う研究者」と「肉体労働の研究者」というような表現を使っていて、なるほど・・・と思ってしまった。「頭を使う研究者」は、自分のやってみたいことを自己実現できる立場で、やりがいがあるし、がんばった分だけ、評価される。だけど、「肉体労働の研究者」って・・・惨めですよね。別に、自分が怠けていた訳じゃない。自由になりうるすべての時間を使って、研究しても、「肉体労働の研究者」にしかなれないなら、研究している意味がむなしくなってしまう。「頭を使う研究者」と「肉体労働の研究者」の違いは、何なのだろうか?業績?運?コネ?パパがえるは、業績でフェアーに評価してもらえる、と信じている。だから、自分の業績に自信がある。ポスドク7年目でequal contributionも含むけど論文3本。上を見上げれば切りはないけど、そんなに、悪くないと思う。なぜ仕事が取れないのだろう。彼よりも、もっと業績のある人たちが、まだまだ職が取れていないのだろうか。そうだったら、本当に、大変だなあ。
日本は明らかに年齢制限があるけど、アメリカもあまり長くポスドクをしていると、職探しの時に受けは良くない。旦那の同僚が、ポスドク7年目で仕事を取った時も、「ポスドクが長すぎる」と言われたらしい。だから、パパがえるも、今年の職探しがアメリカじゃあ最後だ、と思っているのだ。旬があるからねえ。
もし、パパがえるのボスが動かないのであれば、何となく、研究を続けられたかもしれない。今年も、仕事が見つからなくても、なんとか生活はできるし。ボスからこき使われても、まあ、論文になれば、とも思えるだろう。そして、そのまま、「肉体労働の研究者」の道を突き進んでいくのだろうか。
第一期ポスドクの人たちは、もっと、大変なんだろうなあ。って、ママがえるじゃん(第3期目ぐらい?)。ママがえるにも、キャリアパスって可能かなあ?
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by kaerunokosodate | 2007-02-21 06:33 | 仕事・研究
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