カテゴリ:アメリカでの出産記( 9 )

ママがえる出産記 ちびかえる編:あとがき

いろいろ書いてみると、随分長いなあ・・・子育ては、赤ちゃんがおなかにいるときから、ドラマが始まっているなあ、と思う訳です。生まれてからは、もっともっと面白い、大変なでも、楽しいドラマになるんですけどね。3月には、子かえる達の誕生日がどどっとやってくるので、親として、ふと子かえる達が生まれたことを思い出してしまいます。一人目の妊娠と、二人目は、また違います。ちびちびかえる編も、また書いてみたいですが・・・ちびかえる編が長すぎて、ちょっとモチベーションが下がってしまった。
アメリカでのチーム医療なのかなあ、と言う感じがする。病院のシフトにしても、引き継ぎがしっかりしているのか(頂いたコメントより、日本よりいい加減らしいと、教えていただきました。)、患者が教育されているのか、複数の医者が患者に関わる。それが、ちゃんとコーディネイトされているように感じるんですけど。日本でも、大きな病院ではそうなってきていると思うが、ボストンでお会いしたお医者様にお話を聞くと、患者の方が、この先生じゃないと嫌だ、とダダをこねる人もいるらしい。日本のお医者様は、オフの間、勤務以外の時でも、気が休めないと聞く。その点、こちらのドクターは、しっかり割り切っているようなきがするんだけど。気のせい?
また、もう一つ、出産後の産婦人科の検診で聞かれてびっくりしたこと。「Birth controlはどうする?ピルを使うか?」と聞かれたことだ。だって、ママがえる、何にも考えていなかったんだもん。なんと答えていいか・・・産んですぐに、家族計画を考えなければいけないのかぁ・・・と、ママがえるはたまげてしまったんだけど。日本の産婦人科でもそうなのかしら?
それから、体質にもよると思いますが、無痛分娩で甲殻外麻酔を使うと、出産後しばらくして、発熱することがあります。ママがえるも、突然熱が出てびっくりしました。帝王切開で、痛み止め(つまりは鎮痛剤なので発熱も押さえられるんだけど)を飲んでいたので、気が付かなかったのかしら???無痛分娩(甲殻外麻酔)の副作用らしく、この臨床研究をしている人もいるようです。人によっては、この副作用の大きさは違うと思います。
最後に、ちびかえるを出産するに当たって、いろいろな人に助けられました。パパがえるはもちろんのこと、両親達、研究室の人たち、また、もうみなさん帰国されてしまいましたが、ご近所だった日本人のお友達、通訳さん。それから土星のさかなさんのHP。ボストンに来てすぐに妊娠し、働いていて日本人の知り合いがほとんどいなかったので、大変重宝しました。妊婦の間も、その後も随分参考にさせてもらいました。みなさんのおかげですね、ちびかえるを無事に出産できたのは。
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by kaerunokosodate | 2006-04-15 00:26 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:出産其の三

赤ちゃんが生まれた次の日、小児科医が検診来ることになっています。が、ママがえる、小児科の先生の方に連絡しなければいけないと分かっていなかった。たまたま、朝一番に通訳さんが病室を訪ねに来てくれたので、小児科と連絡が取れていないとわかり、慌てて連絡をしてくれました。これは、日本とアメリカの医療システムの違いでしょう。Brigham and Women's Hospitalで出産の場合、Brigham and Women's Hospital自体小児科がないので、Children's Hospital @Bostonを含む近くの提携病院の小児科先生たちが当番で回診しています。たまたま、その日ちびかえるの小児科にしようと思っていた、Harvard Vangardの当番だった先生が、ちびかえるのPCPになってもらおうと思っていた先生だったので、幸運でした。ちびかえる、ちょっと、黄疸がひどいので様子を見てみましょう。その他は問題なし。二時間おきに授乳しながら、沐浴クラスや母乳授乳クラスに参加。でも、帝王切開って、痛いですね。歩き回ることも出来ないので、パパがえるがせっせとママがえるとちびかえるの身の回りの世話をしてくれました。
また、この日は、ママがえるの母がボストンに到着予定。帝王切開で身動きの取れないママがえるを置いて、とてもパパがえるは空港に迎えに行けないので、破水したママがえるをクリニックまで送ってくださった、Iさんに空港までの向かいをお願いしました。ママがえる母初のアメリカまでの一人旅。乗り換えもあり大変だったと思いますが、よく一人で来てくれました。初孫との対面は、嬉しかったようです。
入院3日目、ちびかえるの黄疸はますますひどくなっていきます。毎日血液検査をするので、ちびかえるの耳に穴が空いていきます。ピルルビン値(でよかったけ?)が高いので、光学的治療をするために昼間もナースルームに。その間に、ママがえるは、母乳授乳のカウンセリングを受けていました。アメリカは、粉ミルクで育てる人が多いようですが、近年、「母乳で育てましょう!」と新米お母さん達を教育しているようです。帝王切開で長く入院しているおかげで、カウンセリングの恩恵を受けれたのでしょう。
入院4日目、ちびかえるの黄疸がひどいので、ちびかえるは退院できないとのこと。でも、ママがえるは退院しなければいけません。つまり、あの個室のお部屋はでなければ・・・あーーぁ、残念。明日から、Family Roomとかいう部屋で簡易ベッドで寝ることに。それでも退院手続きをしなければなりません。一緒に退院する人がいないためか、退院手続きのクラスもなく、その手続きも、かなり怪しい。ほんとにこれでいいのか?!これでもいいのがアメリカなのかも。退院するときに、マザーズバックがもらえると聞いていたので、看護婦さんに聞いてみると、粉ミルクメーカー二社がマザーズバックを提供していて、どちらか一つね、と言われながら両方渡されたので、両方とももらってしまった。
入院5日目、素敵な個室から殺風景なFamily Roomへ移動。幸い、電話は外に繋がったので、パパがえるには連絡できる。また、ちびかえるの黄疸も峠を越えて、引き始めた。明日には退院できる。でも、帝王切開の後の簡易ベッドは、かなりつらい。赤ちゃんが生まれると、母親って眠れないわよね。
入院6日目。やっと退院。ちびかえるを産む前に一日、帝王切開で四日、ちびかえるの退院がのびで更に一日。アメリカで出産するとすぐに病院から出されるんですが、ママがえる例外的に随分長くいる羽目になりました。病院に行ってから、帝王切開まで随分時間がかかったので、その間ずっと点滴。おかげでママがえるの足は、ぞうさんの足。足首までぱんぱんにむくんでしまいました。退院の時も、病室から病院の玄関まで車いすに乗せてもらえるらしいのだが、訳が分からず、ちびかえるがカーシートに乗って車いすで移動していったような・・・(ママがえるの母は、ママがえるよりちびかえるの方が大切だったので、ママがえるが車いすに乗れなかった??)ママがえるはぞうさんの足を引きずりながら、やっと家に帰っていきました。長い出産だった・・・
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by kaerunokosodate | 2006-04-14 00:23 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:出産其の二

陣痛痛み止めおかげで夜は少しは眠れたけど、陣痛は全然進まない(これって、微弱性陣痛って言うんですかねえ?)。朝になっても、子宮口4センチしか開いていません。やっとエピを入れてもいいぐらい。無痛分娩ししたかったので、入れてもらいました。陣痛の痛みは感じないけど、そのせいで、ますます陣痛は進まない。昨日診てもらった産婦人科の先生から、今日は別の先生に代わっていた。この先生は、ママがえるがいつも診てもらっていた先生とは違う。アメリカって、チーム医療なんだなあ、と感じてしまう。自分のシフトの時しか責任を持たない。引き継ぎがしっかりしているからか、それとも、患者がしっかりしているから、チーム内の誰が診てもらってもいい、と教育されているからか。
パパがえる、入院準備の荷物をみて、カメラがないのに気が付いて、きっとまだまだ生まれないよね、ってことで家に帰ってカメラを持ってきてもらう。昼過ぎになっても、子宮口4センチ。午後3時過ぎ、もうこれ以上待てないと言うことで急遽、帝王切開を決定。ママがえる、全くもって、予想外。何か、帝王切開でもいいよね、と言うような書類にサインをしたら、あっという間に手術の準備。エピを入れていたので、麻酔は簡単。あれよ、あれよと手術室に運ばれて、3時30分には、ちびかえるがすました顔で出てきました。帝王切開だったので、生まれてすぐには抱かしてもらえませんでした。下半身は麻酔が来ているので、まるで丸太のように、手術室から運び出されたママがえる。手術室を出てから、やっと我が子とご対面。小さいですね。それに、生まれてから2時間以内、赤ちゃんが眠る前に授乳するといい、と聞いたので、とにかくどれだけ出ているか知らないけど、授乳、授乳。麻酔が切れた夕方、リカバリー室に移動。またしても、パパがえる、晩ご飯を食べ損ねる。へろへろだったそうだ。夜は、ナースルームに赤ちゃんを預ける方がゆっくり休めるわよ、と教えてもらったので、預けることにした。でも、母乳をあげたいので、2時間おきに、看護婦さんが赤ちゃんを連れてきてくれる。ママがえる、帝王切開でほとんど動けないので、パパがえるがママがえるとちびかえるの世話をよくしてくれた。まず最初が、ちびかえるの最初のうんち。パパがえる、うんちは嫌なんだけど、(今でも、ほとんど、うんちのおむつは替えない)ママがえるが動けないので、ディスポの手袋をして替えていました。パパがえる曰く、最初に手袋をしておむつ替えが出来たのがよかった、と言っていました。これで、ちょっと抵抗が減ったそうです。帝王切開での出産だったので、ママがえる達は96時間で退院。
またまだ続きます。ママがえる達の入院生活。
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by kaerunokosodate | 2006-04-13 07:21 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:出産其の一

子供の生まれる予定は、ほんとに予定は未定。予測できない。ちびかえるの出産予定日は、3月31日だった。ママがえるは、ちびかえるが予定日に生まれると信じて疑わなかった。だから、ママがえるの母が出産の手伝いにボストンに来る予定を3月29日にした。アメリカでは生まれる直前まで働いていることが多いらしい。それでも、ママがえるは、ちょっと休みが欲しいと思っていたので、3月26日に、日本人で神経を研究しているなら、この人は知らないでしょう、と言うようなKO大学の大物先生がMGHで話をするので、是非それを聞いてから産休を取ろうと思っていた。産休を取りたかった・・・でも、ちびかえるは取らしてくれなかった。朝からゆっくり出来るぞ、と思った27日の朝9時前、何か、漏れる感じがする。これって、破水かしら??アパートの同じ階にする日本人のIさんが、「私は破水したのよ」とおっしゃっていたので、これって、破水ですかねえ?と聞いてみた。先生に聞くのが一番。と言われて電話してみたら、30分後に来い!とのこと。えっ!!!出産入院準備、何もしていないんだけど・・・予定日は31日だから、まだ先だと思ってこれからしようと思っていたのに・・・とにかく、パパがえるに連絡。とても30分以内に戻ってきて、ママがえるをクリニックに連れて行くことは出来ない。Iさんに、クリニックまで送ってもらうことに。本当に、感謝。このとき、いくら家賃が高くても、日本人がたくさんいるアパートに住んでいてよかったなあ・・・と思ってしまいました。それから、通訳さんにも連絡して・・・
で、
きゃあああああ!!!! 何がいるのよおおおおお!!!
本当に、本当に、何も準備していませんでした。ちびかえるが生まれてくるのは、あと5日後と思っていましたから。
何か適当に詰めて、とにかくクリニックへ。
クリニックの前で、パパがえるに迎えてもらって、待つこと1時間以上。尿検査をしたら、破水でした。即刻病院送り。訳もわからないまま、病院のadministrationに行って、入院手続きをして。普通だったら、病院に入る所から、車いすに乗せられるはず何だけど、ママがえる、すたすた歩いていました。ママがえるの破水は、運良く(?!)ちょろちょろと漏れるような破水だったので、それ程大騒ぎにならなかったのでしょう。病院に着いたのが12時過ぎ。
分娩室に行く前に、まずモニターチェックのため、検査室。ママがえるの陣痛は、まだまだない模様。陣痛誘発剤を用いて、陣痛を起こすことに。体質なのでしょうか。なかなか陣痛は強くなりません。陣痛誘発剤をIPで入れているため、歩き回って陣痛を強めることは出来ないし、かといって分娩室にはすぐに入れてもらえないし、検査室で随分待ちました。検査室で待っている間に、通訳さんが顔を出しに来てくれました。ちょっと、心強い気がしました。夜になって、やっと分娩室に入れました。夜になるにつれて、陣痛も強くなってきました。昼頃から、まだか、まだかと待っている訳ですから、ママがえるもパパがえるもちょっとグロッキーぎみ。特に、パパがえる晩ご飯を食べ損ねていますから。このまま陣痛が強くなると夜も眠れない。(普通、眠らないのか・・・)子宮口はまだ2センチしか開いていないので、エピ(甲殻外麻酔)の麻酔はまだ無理。でもとても陣痛の痛さに耐えられないので、痛みを和らげるために、薬をもらう。
出産はまだまだかかる・・・
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by kaerunokosodate | 2006-04-12 06:57 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:妊婦生活其の二

妊娠中期のもう一つのイベントは、旅行。と言っても、学会に行っただけなんですけど。妊婦だからと言って、なぜ旅行に行っちゃいけない?と言わんばかりに、先生は、学会参加は問題なしと言ってくれました。それで、サンディエゴまで行って来ました。ママがえる一人で。学会は、911の後。その年は、日本人の参加者が少なかったので、寂しかったですが、ホテルでは先輩とお部屋をシェアーしたので、楽しかったです。それから、学会最終日、学会会場で高校の同級生と、空港に向かう直前に遭遇したり、いろいろありました。妊婦でも、やればやれるんだ、と思ってしまいました。まあ、おなかが大きいので、いつもより動きは緩慢でこなせることも少なくなりますが、それを頭に入れて余裕を持って上手に計画して行動すれば、出来ないことはないんじゃない?無理して計画してストレスが貯まると、赤ちゃんにもよくないしね。
妊娠中期にはいると、赤ちゃんの胎動を感じれるようになりました。これが楽しいです。赤ちゃんをほんとに感じることが出来て、母親になる自覚が生まれてくるというか。特に最初の子の妊娠は、他に邪魔されるものがないので、赤ちゃんとの対話が密だったと思います。それは、言葉では表せないような、幸福感。赤ちゃんが生まれてきたら、こんな幸福感に浸っている時間は、なかなかないですね。
妊娠後期になって、ママがえる、だいぶ疲れやすくなりました。おなかが、大きくなって、動き回るのが大変。それに、元々ちょっと貧血気味だから、余計に疲れやすかったと思う。アメリカだったから、あまり無理せずマイペースで出来たのでしょう。そのころ、ママがえるの仕事は、マウスのembryoの頭を取りだして、細胞にして、ソーティングしてもらって、受け取った細胞からRNAを取りだして、Longwoodにあるアレイをしてくれるコアに届けていました。マウスのembryoから頭を出す作業を見ていた、画像解析の仕事をしている日本人の小児科の先生は、ママがえるに「妊婦の精神衛生上、あまりよくないんじゃないですか」と言ってくれました。やっぱりそうなのかしら?でも仕事ですからねえ。仕事だと思うと、割り切って出来ちゃうもんなんですよね。
後期になってから、いろいろ先輩ママさんに話を聞きに行きました。あまり日本人の知り合いは多くありませんでしたが、数人の方にお会いできました。出産に関して、子育てに関して、いろいろわからない所を教えてもらいました。それから、先輩ママから、子供を産む前に遊びに行くように、と言われて、大きいおなかを抱えながら、遅まきながらレストランに行ったり、劇を見に行ったりしたのも、この頃です。
そろそろ、ちびかえるの誕生です!
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by kaerunokosodate | 2006-04-11 02:11 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:妊婦生活其の一

ママがえるが妊婦だったとき、日本人の小児科の先生から、妊娠は病気じゃないですから、と言われた。アメリカの妊婦さんはパワフルである。元ボスの秘書さんは、臨月前までジョギングをしていた、とか、子かえる達が参加していた水泳教室に出産直前まで妊婦のママが上の子をつれてプールに入っていた。日本人は、妊婦さん達に対して、まるではれ物を触るような感じだ。妊婦ママがえる、電車に乗ろうとして走ったことがあった。隣のラボの日本人のお医者様の先生に、そんなことしちゃだめだよ、と諭されました。アメリカのポスドクの間では、陣痛が始まるまで実験室にいるなんて、よく聞く話。アメリカは、自己管理の国だから、自分が出来ると自信があれば、究極的に、何でもできる。日本でも、妊婦さん、陣痛直前まで働いてもいいんじゃない?と思ったりする。
ママがえるの妊娠初期は、つわりがひどかったです。つわりは、妊娠五週目ぐらいから始まって、つわりの最中は、もう二度と子供は要らない、と思ったものでした。そのころ、ママがえるは地下鉄T を使って通勤していた。使っていたグリーンラインは、古い路線で、揺れが激しい。やっとの思いで起きあがって、ラボに行く。ラボに着いたら、真っ先にトイレに直行。家に帰ってきても、まずトイレに直行。これが、苦しいの、何の。Tに乗ることによって、吐き気が増強されていたので、出勤するのがおっくうになる。随分、休んでしまいました、つわりの最中。日本のラボだったら、どうなっていたんだろう???ここまで寛大に、休みを許してくれただろうか???その当時の元ボスは、あまり勤務態度に、どうこう言う方じゃなかったけど、あまりにも、来なさ過ぎるので、おしかりを受けてしまいました。まあ、それでも、首にはならなかったけど。
苦しかったつわりも終わって、妊娠中期になると、ママがえる、元気になりました。実験するぞ!と随分がんばりました。それと同時に、赤ちゃんが生まれた後の準備も始めなければ。まずは、保育園探し。アメリカの保育園は、生後6週から預けられる。それに、ポスドクなんかは、6週間の産休ですぐに仕事に復帰する。ただ、この乳児を預かってくれる所はそんなに多くないし、入るための競争は激しい。ママがえるが働いているMGHは保育園を持っている。妊娠5ヶ月過ぎぐらいに、入園の申し込みに行ったら、ウエイティングリストで、きっと入れないから、他も探しておくように、と指導されました。なんせ、ボストンに来て、また数ヶ月。知っている日本人も少ないし、ましては、働いているママなんて・・・それに、アメリカの保育料は高い。その当時で乳児だと月1500ドル近い。アパートと同じ値段。便利で安くて、いい保育園。なかなかありません。保育園が見つからなければ、仕事は出来ないし、ママがえるちょっとパニックでした。何とか、パパがえるの職場に近く、地下鉄の駅から近く、家からも近く、保育料も安い所には入れそうだ、と確約をもらって、やっと一安心。ただ、安い所は、保育の質は、それなりです。ちびかえるを預けてみて、早く移ろう・・・とママがえるは決心しましたもの。
まだまだ続く、妊婦生活。
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by kaerunokosodate | 2006-03-27 06:13 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:病院其の三、病室とスタッフ体制

ママがえる、日本での出産経験がないが、出産の本で勉強した限り、日本では、出産の時に個室はあまり考えられない。個人尊重の国だからか、アメリカでは出産から、リカバリーまでずっと個室です。まるで、ホテルのようなお部屋で出産しちゃうんです。さすがに、ベットはふかふかのダブルベットとはいかないけど。壁紙は、病室を感じさせる白壁じゃない。クローゼット、機械を置いているキャビネットは木製だし、ぬくもりを感じる。分娩室で出産した後、リカバリー室に移り出産後自然分娩で48時間、帝王切開で96時間で退院だ。リカバリー室には、ソファーベットが合って、パートナーが泊まることが出来る。また、そのフロアーには共有のキッチンがあって(ガスは使えないけど)冷蔵庫には、ジュースや簡単なスナックが常備。コーヒーや紅茶は飲み放題。さすがにバスタブはないけど、シャワー、トイレが部屋に付いている。入院中の赤ちゃんに必要なものはすべてそろっている。おむつ、おしり拭きから着替えまで。入院中に沐浴の仕方、授乳の仕方のクラスがある。(ママはかなり忙しいのだ!)それから、生まれた赤ちゃんは、お母さんとずっと一緒にいることも出来るし、ナースルームに預けることも出来る。それは、お母さんの気持ち次第。アメリカでは、入院できる時間が短い。だから、個室で、十分休んでもらって、すぐに出ていってもらうんだろうか。入院中にあまりお見舞いに来ないようしてもらいましょう、と準備クラスでは言われる。また、日本に比べてセキュリティーがしっかりしている。Brigham and Women's Hospitalは大きな病院だ。いろいろな人が出入りしている。だから、出産棟にはこの色のバッチをしている人しか出入りしていないから、それ以外の人は不審者だから、気をつけるように、とか、入院するときに、番号の付いたブレスレットを夫婦がするが、同じ番号のものが、生まれた赤ちゃんの両足にされる。それで、退院するまでそれは外せない。また、赤ちゃんがナースルームから個室に帰ってくるときや、ママが赤ちゃんに会いにナースルームに行くときも、ママと赤ちゃんの番号が一致してから、ママに赤ちゃんを渡してもらえる。
アメリカの場合、クリニックでは出産施設はない。大きな病院に出産施設を借りているような感じだろうか。だから、患者個人が、自分で出産準備手続きをしなくてはいけない。申込用紙に、保険の情報を記入して、産みたい病院に提出する。また、アメリカでは、子供が生まれる前から子供のPCPを決めなければいけない。(少なくとも、ボストンでは)実は、ママがえる、子供のPCPについては、ちゃんと手続きしていなかったので、通訳さんがいなければ、大変なことになっていたかも。
さて、出産するときの先生だが、Brigham and Women's Hspitalのような大きな病院では、自分の主治医の先生が、出産に立ち会ってもらえるとは限らない。主治医が所属するグループの当直の医師が出産に立ち会うことになる。(よっぽどのVIPだと、話は別だと思うけど。)なので、ママがえるがちびかえるを出産したときも、一体誰が立ち会うのかぁ???と思った次第。
次回は、妊婦生活編へ
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by kaerunokosodate | 2006-03-26 04:54 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:病院其の二、通訳さんと出産準備クラス

大学時代に留学していたので、日常会話にはそんなに困らないママがえるでも、医者でないママがえるは医学用語は苦手。大きな病院では、通訳さん派遣サービスがある。Brigham and Women's Hospitalでも、日本語の通訳さんを頼むことが出来る。彼女は、アメリカ人だけど、日本にも3年ほど住んだことがあって、流暢な日本語をしゃべる。それに、彼女はとても面倒見のいい人だった。ママがえるの場合は、そんなに通訳さんがいなくても、全然大丈夫だったんだけど(彼女にも、「私は要らないでしょう」と幾度となく言われてしまった。)、この通訳さんが英語で先生に質問するときの英語などは勉強になった。更に、彼女はいろいろなケースを見ているので、いろいろとお話しすると楽しかった。ボストン界隈での大きな病院では、わりと通訳サービスがあるが、小さな病院ではないことも多いので、便利なサービスの恩恵を受けられたと思う。
日本の病院では、出産準備クラスとか、病院が主催のクラスにでることを勧められるのだと思う。アメリカの場合、先生によって違うんだけど、勧めてくれる先生もいれば、全然、そのようなクラスが教えてくれない先生もいる。ママがえるの先生は,後者だったような気がする。渡されたパンフレットを見ながら、何とかBrigham and Women's Hospitalでやっている出産準備クラスを探し出した。この、出産準備クラスって、無料じゃないのよね。結構な高額でびっくりしたが、保険で少しカバーしてもらえた。出産準備クラスは、夫婦で出るのが基本。日本だと、女性だけと言うクラスも多いはず。内容は同じだけれど、6週間一回2時間コースから、週末二日で終わるコースなどある。このように選択の幅があるのは嬉しい。ママがえるも働いているので、週末二日で終わらせてしまった。このとき参加したグループには、双子ちゃんを身ごもっている人が4組いたかしら?そのうち一組だけが、一卵性双生児。だから、きっとその他は不妊治療の結果授かった赤ちゃんなのだろう。この出産準備クラスには、果敢にも通訳さんなしで参加したパパがえるとママがえる。正確な日本語での医学用語は不明だったけど、まあ、こんな感じ?と聞いていた。それに、冊子ももらえたので、わからない単語は後で調べることが出来た。この準備クラスは、陣痛が始まってから出産までの道のりを教えてくれる。陣痛が始まって、段階的に、赤ちゃんの動き、母体の変化など。アメリカでは、無痛分娩の選択が可能だ。無痛分娩とは甲殻外麻酔が主流だが、それだけとは限らない。どのときに、どんな薬が使えるか、なども講義してくれていたと思う。日本では、陣痛の痛みを和らげる方法として、ラマーズ法が有名だけど、ママがえる達が受けた準備クラスでは、単に呼吸方法だけ教えられた。クラスの最後に、病院のツアーだ。この様子は、また次回。
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by kaerunokosodate | 2006-03-25 04:10 | アメリカでの出産記

ままがえる出産記 ちびかえる編:病院其の一

この春、ちびかえるは4歳に、ちびちびかえるは2歳になった。ちびちびかえるも2歳になると、だいぶ手が離れて、ママがえるにも気持ちの余裕が出てくる。それにこの時期は、子供を出産したときのことなどをふと思い出す。子供がおなかにいるときから、出産のドラマって始まっていると思う。自分の気持ちが風化する前に文字にしておきたいなあ、と思って、出産記を書いてみようと思う。それと、a 女性科学者のスペース2さんのブログ出産・育児で研究を中断した方へのエントリーを読んで、思い出したことがあった。ママがえるが、日本でポスドクをしていたとき、ママがえるの給料は厚生省がらみのある団体からのフェローシップだった。そのころ、ママがえるはまだ出産、云々とは縁遠かったが、このフェローシップには、産休がないと聞いてものすごい憤りを感じた。子供が生まれたら、やめなければいけないのだ。なんで????その後、例え一ヶ月後、二ヶ月後、仕事に復帰しても、そのフェローシップはもらえない。子供を産むこと自体が、自分のキャリアを閉じてしまうようなものだ。少子化問題云々と言いながら、こんなんじゃぁ、だめだよなあ。ほんと、そのまま日本にいたら、きっとママがえる子供は産めなかったんじゃないか、と思う。a 女性科学者のスペース2さんが出産・育児で研究を中断者への復帰フェローシップについて報告している。やっと、研究者女性にも仕事と家庭の両方の選択が可能になるようで、嬉しく思う。

今回は、ちびかえる出産前の病院ことを書いてみようと思う。
ちびかえるの妊娠に気が付いたとき、まだかえる家はアメリカでの保険を持っていなかった。日本の保険では、出産は全然カバーされていない。時を同じくして、ママがえる、ボスから給料をもらえることになった。つまり、こちらでの保険が買えるのである。ただ、保険システムの違いから、保険があってもすぐには産婦人科の先生に診てもらえない。つわりでへろへろになりながら、Human Resourceに行って、先生に診てもらうには何が必要なのか、教えてもらう。Primary Care Physician (PCP)を探して、referreがどうのこの??訳がわからないまま、適当に、PCPを決めて、産婦人科に連絡して・・・それで、最初に産婦人科に行けたのは、10週目以降。それも、最初は、看護婦さん。(看護婦でも、普通の看護婦より高度な知識を持っている)日本だと、きっとすぐに超音波で見てくれるんだろうけど、ママがえるか通った産婦人科のクリニックでは赤ちゃんの心音だけ。ママがえるが選んだ産婦人科のクリニックは、Brigham and Women's Hospital系列のクリニック。パパがえるがLongwoodで仕事をしているのと、家から近いから、と言うことでBrigham and Women's Hospitalでの出産を選んだ。このBrigham and Women's Hospitalと言う病院は、産婦人科系の病院では随分有名だそうだ。だからって訳じゃないかもしれないけど、先生達も、ほんと忙しそう。もう少し、地方の病院に行けば、もう少し頻繁に簡単な超音波をしてくれる所もあるそうだ。残念ながら、アメリカで出産するとき、超音波はそれ程してもらえない。ただ超音波で、胎児に異常がないかどうか検査できるくらいだから、機械はとてもいい。(医者の友達がいうには、よく見える!と言っていた。)その検査が、妊娠中期に入ってすぐ、16から20週目にすることになっている。(この検査は、保険に含まれている。もし、保険がきかなかったら、400から500ドルぐらいしたと思う)アメリカの医療が、日本と違うのは、よく細分化されている。だから、この超音波の検査も、特別の施設に行く。ママがえるの場合は、Brigham and Women's Hospital の超音波検査室まで行った。それで、その後、Brigham and Women's Hospitalとは別の建物にある、クリニックに戻って、先生との検診。超音波の検査の時は、パパがえるにも来てもらった。始めてみる赤ちゃんには、感動する。本当に、ママがえるの体の中に、もう一つの生命がいるんだと、実感できる瞬間だ。赤ちゃんとの一体感を感じる女性だけの特権だと思う。
妊娠中期までは、基本的に4週に一回の割で先生の検診。後期になると3週に一度、臨月は毎週。この辺は、日本と変わらないと思う。ママがえるは、特に異常もなかったので、毎回赤ちゃんの心音を聞いて「異常ないですね」と言われて終わるだけだった。検査は、中期に入ってすぐの超音波の検査と血液検査がある。ダウンシンドロームなどの遺伝的疾患病を持っているかどうかの検査だ。それらは、遺伝的疾患病を持つ確率がわかるだけだ。羊水検査をすれば確実にわかる。ママがえるは羊水検査はしなかった。先生からは、特にする必要はないと言われたし、パパがえると話して、障害を持つ子でも育てよう、と言うことにしたので、知る必要がなかった。

次に続く・・・
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by kaerunokosodate | 2006-03-24 02:49 | アメリカでの出産記