5月31日 パパがえる、阪大微研でセミナーと蛍

せっかく日本に帰るのだから、セミナーをさせてもらいなさい!とママがえるにどやされて、微研のO先生にお願いして実現となりました。あいにく、この日は、阪大から京大に移られた長田先生のセミナーがあり、パパがえるのセミナーはその前座。光栄なことですが。
セミナーをするのはパパがえるなので、ママがえるおよび子かえるたちは、関係ないのですが、ママがえるも蛋白研に遊びに行きたくて、付いていきました。教授が亡くなっているので、一時帰国しても、訪れるところがなくなって、寂しいです。それでも、ママがえるが学生だったときに、一緒に仕事をしていた技官のNさんは、まだ蛋白研にいらっしゃるので、子かえるたちを見せに、昼過ぎに蛋白研に到着。Nさんは、全然お変わりなく。私が学生だった頃、Nさんの高校生だったお嬢さんは結婚され、小学生だった息子さんは、大学生。ママがえるも、あっという間に二人も子供がいるんですから、時間は過ぎていきます。Nさんから、もし、教授が生きていたら、今年は退官の年、だそうです。もし、生きていたら、今年は、退官準備で忙しかったでしょう。先生の早すぎる死が悔やまれます。
ひとしきり、Nさんと、先輩のY先生とお話しした後、ママがえるたちは退散。ママがえる、子かえるたち二人を抱えて、家にご帰還。大変だった・・・家に着くと、万博公園のチラシが目に入り、今週いっぱい、蛍が見れる!「行きたい!子かえるたちに、蛍を見せてあげたい!」婆かえるはすぐに了承。後は渋る爺かえるをどう説得するか。意味の良くわかっていない子かえるたちに「爺かえる、蛍見に行きたい」と言わせて、あっさり了承。孫の力はすごいわ。パパがえるは、Y先生とK君と飲み会だそうで、別行動。
子かえるたちがいると、カーシートがないため、爺かえるの車が使えない。なので、面倒だけど、バスとモノレールと使って万博公園へ。だんだん日が落ちていく万博公園。そして、増えてくる人。ほんとに見れるかねえ、と半信半疑の爺かえる。はじめは、なかなか蛍が見られなかった。明るいからか、蛍がまだ活動していないからか。暗くなるに連れて、だんだん蛍が見えてくる。ちびかえるも、最初、良くわかっていなかったが、はっきり見えるようになってきたら、わかってきたようだ。「蛍」が、何かが。ちびちびかえるはどうだっただろう?何か、光るものが飛んでいる、ぐらいは理解できたんじゃないだろうか。蛍のために、電灯が少なく薄暗い。なおかつ、人は多いし。子かえるたちが迷子にならなくて、よかった。アメリカやカナダでも、蛍はいると思うけど、やっぱり、日本の夏の風情かな。子かえるたちがこんなことも感じてくれるようになると嬉しいのだけれど・・・
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by kaerunokosodate | 2007-05-31 06:00 | 一時帰国
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